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未製作アルバム  未録音曲  カバー  朗読  小説  未実現企画

 あがたさんがライブでは歌った事があるけれども、録音物として(有料・無料、メジャー・インディーズ等に関わらず)発表されたことのない作品。構想は あったが実現されてないアルバムやコンサート、その他の企画などについて書いてみます。
それにしても、あがたさんってデビューから約30年、続編を予告しつつそのままほうってあるものが実に多いこと多いこと...。

*** 未製作アルバム(未発表曲) ***

●「土手の向こうに」
はちみつぱい「センチメンタル通りDELUXE」のライナーノートで鈴木慶一が語った新たな事実。
うた絵本「赤色エレジー」録音した頃に、あがた森魚ボーカルの「土手の向こうに」が録音されたとのこと。

●「コズミック・パラダイス・ノスタルジック・サラバンドナイツ」
これはアルバムタイトルではなく、曲名かと思われます。「週刊FM」1976年11月1〜14日号で落語家の柳谷小三治との対談中で間もなくレコーディングに入ると発言。この曲について「ユートピア思考のモノ」といっており、その前に「...弥勒菩薩が地球に降りてきて平安の浄土になるという...そういうときに、ぼくは生きているんだという、あえていえばそういう宇宙的なノスタルジーを信じるんです..」という発言がある事からもしかすると「いとしの第六惑星」の事かという想像もできますが、さて本当のところはどうなんでしょうか...
●「総天然色」
キネマト・イルミナシオン
総天然色
杜子春の様に
天然色(後の「いとしの第六惑星」)
弥勒(「Album#1977」収録)
ふもれすく(「君のことすきなんだ」収録)

上記六曲からなる東洋フレーバーにあふれたアルバムの構想があった。あがた森魚の手元にはデモテープが残っているそうで、その中から「弥勒」が『Album #1977』に収録された。
●永遠の遠国
永遠の遠国が当初の予定通り1978年頃発売されていたならば、収録曲は次のようなものになっていたそうです。
天然色(いとしの第六惑星)/天然色予報/天然色(ナゾナゾハテナナゾハテナ)/誰も僕の絵は描けないだろう/仁丹広告唱歌/エイプリルオフィリア/ペン ギン背広しろくま背白/ひとさらいの唄/デイジイ(ミス・ウォルト・デイジイ)/春の嵐の夜の手品師/ハイカラハクチ/冷たく冷やして/アイ・ウォント・ ユー/星のふる里/ささのはさらささ/赤色エレジー/仙人掌ボリボリ/小さな喫茶店/永遠のマドンナK/最后のダンスステップ/太陽がいっぱい/淋しいエ スキモウの様に/遥か地の星離れ/ハムレット・ツイスト/春の嵐の夜の手品師/映画館の退屈な時間の白昼のビロウドの闇のラテン/予告編(モダン・タイム ス)/エイプリル・オフィリア/WAKAREの唄/キャビレット家の舞踏会/天然色予報/永遠の遠国
(32曲、表記は予告広告による)
どの曲が生き残り、タイトルが変更され、そして消えてしまったのか過ぎ去りし70年代に思いを馳せよう。
●一年中聴けるクリスマスアルバム
鈴木慶一と一緒に作ろうと言ってたこのアルバムは、もしも「バンドネオンの豹」が無かったら実現していたはずである。そのことはあがたさんはしっかり覚えてるが、最早作る気は全然無いようである。

●ヴァージンVSのライブアルバム
1988年頃そんな話が持ち上がったらしい。

●加藤和彦プロデュースによるソロアルバム(タイトル不詳)
1990年1月に永遠製菓から送られてきたあがた森魚からのメッセージによると、
「1990年1月より、私の新ユニット<雷蔵>のレコーディングに入ります。またそれが終了次第、あがた森魚のソロアルバムのレコーディングを、加藤和彦氏のプロデュースにより開始の予定です。しなやかかつ、強靭、少年のように希望にあふれ、なおかつ、しっかりと世界を見つめているダンディズムのようなものが表現出来たら、と思っています。」と書かれていた。
 その後、
「2月上旬からレコーディング予定」(二十世紀少年通信No.1)
「(雷蔵は)7〜8割方終わった...(ソロの方は)デモテープを1、2曲スタート。正式なレコーディングは3月頃になる...」(二十世紀少年通信 No.2)
とあるが、以降このアルバムについて書かれることはなかった。


とここまで書いて、別の事に気がついた。「雷蔵参上」のレコーディング&ミックス期間はライナーノートによると1990年8月25日〜12月3日となっている。ということは雷蔵には没になった未発表音源が存在するのではないだろうか?
●ピロスマニアVol.2
「ピロスマニアVOL.2(仮タイトル)」は、音楽と共に映像作品を目指しております。30〜40分程度の短編作品を考えていて、16ミリフィルムでの制作を考えております。作品内容は追ってお知らせしますが、ピロスマニアの小旅行記です。そこで<記憶>と<予感>にみちた場所の光景(映像)を皆様に提供していただきたいのです。映像は8ミリフィルム、16ミリフィルム、ヴィデオ(VHS)等、どのような素材でもかも鋳ません...
(ピロスマニア第二次潜行計画案メッセージ試案(仮)より抜粋)

てなわけで、映像素材を一般公募したところ、20本近い8ミリフィルムの応募があったそうです。(1994年4月の遠国トピックス65号による)

これって、もしかすると少年銀盤「リンゴ宣傅隊南へ行く」(音楽)及び「ワンピースのリンゴ宣傅隊」(映像)がそれにあたるのかもしれません。しかし、あがたさんからこれを裏づける発言はなされてないし、「ワンピースのリンゴ宣傅隊」の方も見たことがなく、内容も不明なので一応未発売アルバムとして取上げることにしました。
●少年銀盤第2弾
「リンゴ宣傅隊南へ行く」に続く永遠製菓制作の3曲入りCDが97年3月に録音終了したと「遠国トピックス」No.72でアナウンスされたが、今のところ出る気配はない。
●33&3分の1周年記念ボックス
ストレンジ・デイズ2004年11月号インタビューのprofile欄に「未CD化レア音源を多数収録」と記載されていたのだが...。

*** 未録音曲(あがた森魚オリジナルで録音物として発表されていない曲) ***

●わいる堂/K/松屋飴/帝国婦人之鏡
(以上4曲は「乙女の儚夢」に入らなかった曲。ただし「K」は「永遠のマドンナK」のことかも。)

●悲しみなんてブッ飛ばせ
(ヴァージンVS時代に録音されているが未収録の作品。「Album #1977」にデモテープが収録されている。)
ヴァージンVS 未発売曲 ●香港飯店 最初期から存在する曲。
殆ど何て歌ってるのかわからない。英語?
●(曲名不詳 スターチャイルド)
82年初期に存在した曲。「STAR CRAZY」辺りに収録されそうなSFっぽい曲。だけどやっぱり見収録になる感じ。
●青ざめた冬のブルーハ
1982年後半〜1983年前半頃に歌われたらしきヴァージンVSの曲。競馬馬の歌っていう事で、コンセプト的にアルバム未収録になるのもやむを得ないか。
●100%パントマイム
●翼
●タイムワールド こちらも「STAR CRAZY」辺りのSFっぽい曲。これもアルバム採用になるには少し弱い。

●総天然色
「春昼後刻」として「永遠の遠国 二十世紀完結編」に収録された。
●キネマト・イルミナシオン
●杜子春の様に

●ゼルダ
アメリカの作家フランシス・スコット・キー・フィッツジェラルドの妻ゼルダをモチーフとした曲。
1980年代中頃によく歌われた。

マリン君の潜水艦
うぐいす
パッパーの音楽
ハンマーキットの青い空

●九州のおばあさん
九州は宮崎に住んでいたあがたさんの母方のおばあさんを題材にしたこの歌ですが、かつてコンポステラの演奏でレコーディングが行われていたという。近頃回顧モード突入中のあがたさんなので、この曲が陽の当たる場所に出る日も近いかも?(「佐藤敬子先生はザンコクな人ですけど」に収録されました。)


●チャーミングが台無し
1990年2月頃に演奏されたのみ。
●面影はハマシーム(雷蔵)/XYLopp(雷蔵、雪山ブラザーズ)/WAKAREKURU(雷蔵)
雷蔵、雪山ブラザーズで歌われた曲。「XYLopp」は「20世紀少年クラブ通信」にライブでの曲目の中に載ってました。 自分が聴いた曲の中にそれだと思ってる曲があるんですが、本当にそれなのか実は判りません。ライブのときにあがたさんが曲名を言わなかったし、その日の曲目も紹介されなかったので...
で、歌詞を聴いても、何言ってるのか半分以上聞き取れないんです。うるさい曲だし、巻き舌で歌ってるし...。
「割り込んで奪い取るあなたのキャッチホン」とか言う歌詞があるんですが果たしてこれが本当に「XYLopp」という曲なんでしょうか。
●Bufor/YOLOLE
雪山ブラザーズのオリジナル曲か、もしくはことぶき光のオリジナル曲か。
●風と丘の見える街
1997年JRA函館競馬場イメージソング。函館競馬場内及び関連イベントで使用。
●突然炎のごとく

●いとこ同志
長らくの間、謎の曲でしたが2007年「Taruphology」で突然復活して判明。

●不思議な公園
この曲のインストヴァージョンを映画「天国の本屋〜恋火」で聴く事が出来る。

●ジェットプレーンの翼
ヴァージンVSの香りが漂うけど、あの頃の曲より柔らかい曲調です。
●今にしてみれば
あがたさんがこんなに淋しげな曲を作るなんて思いませんでした。一人でやるととってもフォークなので、出来ればバンドで演奏してね。
●ろっけんろーどを行くよ/きゅぽらのある街
上記2曲は共に現在あがた森魚が住んでいる埼玉県川口市の事を歌った曲。「ろっけんろーど」とは川口駅近くの「六軒道路」、「きゅぽら」は川口市が鋳物の街として知られており、早船ちよの小説で吉永小百合主演の映画「キューポラのある街」から採られている。2009年に入って出来た新作「キューポラ町」(「PUBLIC/IMAGE.SOUNDS」(2009年6月発売)に収録)に取って代わられてます。
●いつもこうして
2000年代あがた森魚のサポートをしていた北海道出身のミュージシャン田口昌由さんの曲。作詞があがた森魚らしい。
あがた森魚が歌ったことはないと思われる。2008年以前から存在していたようだが、詳細は不明。

●るるもっぺ
2008年秋頃作られた、あがた森魚の故郷留萌の歌。「るるもっぺ音頭」、「るるもっぺ・ベイ・ブルース」とも呼ばれる。
「るるもっぺ」とは留萌川をさすアイヌ語「ルル‐モ‐オッ‐ペ」からきている。
最終的には「るるもっぺべいぶるう」というタイトルで2011年「俺の知らない内田裕也は俺の知ってる宇宙の夕焼け」に収録された。
●小泉純一郎は純一郎な人です
2011年7月23日三鷹台のCAPRiCHOSOというギャラリーでのライブで次のタンゴアルバムに収録する予定と言って初披露されたこの曲は、レコーディングはしたものの発売直前に収録されないこととなってしまいました。けっこう可愛い仕上がりになってたので、惜しかったなあ。
[2015年7月25日追記]「浦島65BC」の候補曲になりかけたのか、なぜか2015年2〜4月頃に久しぶりに歌われる。その頃のあがたさんのmixi日記に「小泉純一郎は純粋な人ですけど」と記載された。タイトルが変わったのか間違いかは不明。

●風に吹かれてるんだ
2013年6月頃に作られた歌。2015年3月のクアトロツアーで復活。タイトルから想像するに「浦島65BC」の候補曲となったと思われるが採用されず。
●北向きクロッカス
●もだんもぐらだもん
●後ろ姿のトナカイらしき
●森から生まれた花嫁たちよ
いずれも「浦島65BC」に収録されなかった2015年3月以降の新曲。「後ろ姿のトナカイらしき」は最初の仮タイトルは「AVEC2」。(2015/7/25記述)

*** カバー ***

●有楽町で逢いましょう
フランク永井 「君のことすきなんだ」未収録曲。アルバム発売直前の1977年6月NHK「若いこだま」(DJ:矢野顕子)にゲスト出演した時に「録ったけど入らないかもしれない」と発言している)
●わかれのうた
桜沢如一 「永遠の遠国」未収録曲。二十世紀完結編にも収録されなかった。
●花笠道中
オリジナルはもちろん美空ひばり。1992年頃よくやってました。元の面影が無いほど壊れてたけど。
●風立ちぬ(松田聖子)
このホームページ立ち上げた時はアルバム未収録だったけど「佐藤敬子先生はザンコクな人ですけど」に収録。
浜辺の歌(唱歌)
冬の星座(唱歌)
星に願いを
All My Loving(ビートルズ)
●ラストダンスは私に
越路吹雪の歌で有名な曲。須山公美子のゲストとして歌ったらしい。
●びんぼう
「僕は天使ぢゃないよ」に入ってる大瀧詠一の曲。雪山ブラザーズでカバー。
パラレルミー(GYM)
革命の歌(ミンカパノピカ)
●夜霧、夜霧よ
「Evenu Shalom Alejem」というイスラエルの歌曲にあがたさんが歌詞をつけたもの。結構好きな曲だったけど、すっかり忘れ去られてしまったなあ。
●蛹化の女
戸川純がバッヘルベルのカノンに歌詞を付けたあの曲を2002年10月頃のライブで演奏。

*** 朗読 ***

●リットル東京/美しき学校/横寺日記/雪ヶ谷日記/タッチとダッシュ
 以上全て稲垣足穂の作品からの朗読。でも実際に自分で聴いたことがあるのは「タッチとダッシュ」だけ...と書いたがその後横寺日記と雪ヶ谷日記は聴きました。 (「雪ヶ谷日記」は2000年ファンクラブ制作の「COBALT TARPHONIC 音楽文庫第一集」に収録された)

*** 小説 ***

●「黄泉なる野枝さんへ」
「彼女はつつましやかに手をばつとさしのべた。ピアノ泣けば胸の臓も高なった。彼の人が「ソミレ〜」と歐えば、野枝も「ソミレ〜」と歐った...」で始まる伊藤野枝を主役にしたこの小説は1972年10月頃に書いていたらしいのだが...。

*** 未実現企画 ***

アルバム以外で未だ実現されていない、又は中止となった事柄について。
●単行本「僕は天使ぢゃないよ」&緑魔子ファーストLP
「噫無情」のライナーノートであがた森魚自身が予告していた。雑誌「Money &Life」の記事によると、緑魔子のLPは女の一生をテーマにして企画していたようですが、自分で知る限り実現はしなかった模様。

●演歌歌手
 渡辺プロダクション在籍当時、猪俣公章の作曲で演歌をやるという企画があった。さすがにこれはあがたさんが拒否したらしい。いや〜 これは実現しなくて良かったですね。

●東海道五十三次徒歩旅行記の単行本
 雑誌「太陽」1985年9月号の企画であがた森魚は、1985年5月8日〜26日にかけ東京日本橋から京都三条大橋までの東海道五十三次を徒歩で踏破した。 この旅行記を同年9月に平凡社から発売すると「永遠の遠国ニュース」で堂々宣言し、予約申し込み受付までしたが発売される事はなかった。 そういや「20世紀少年カレンダー」はどうなったのでしょう?

●映画「不思議の国のルシンダ」
 東京版「不思議の国のアリス」として1984年頃に企画した映画。異邦人ルシンダが日本で出会った少年少女との物語。 準備シナリオが作られたが、1986年に結局断念した。あがた森魚が佐野史郎に出演を持ちかけた映画っていうのは多分この映画のことか(それが「夢見るように眠りたい」に出演するきっかけとなった)。 因みに主題曲にはデビュー前のワールドスタンダードが演奏したラベル作曲「逝ける王女のためのパヴァーヌ」を予定していたという。

追加情報(2005.6.4)
2005年4月に向島のRICE+で行われたライブにおいて、あがたさんがこの映画について言及した。
「この辺が僕大好きで、この一画で撮りたいと思って、特にこの通り(注:ライブが行われたRICE+の前の道路の事)の京成線とぶつかる道の角っこに模型屋さんがあって、この景色がね〜すごく好きで『主人公はこの模型屋に住んでるんだよ!』と言って、森達也と二人であ〜だこ〜だと言いながらよく来たんだなあ」
●映画「永遠の夏休み」
 1984年に北海道新聞に連載されたエッセイで「...もう二度と撮るまいと思っていた映画を、十年ぶりにまた撮ることになってしまった。
...やっと自分が撮りたかった「ポップ・ミュージカル・シネマ」を撮る時が来た。...」と書いている。
これはほぼ間違いなく上記「不思議の国のルシンダ」の最初期の仮タイトルと思われる。
尚このエッセイの最後には「まあ今回は、準備もおこたりなく、そうやすやすとは失敗しませんよ。」とある。あがたさん全然懲りてない。
●沢すすむと共著の詩集
 菫外国第2号の執筆者紹介/沢すすむのところに、「あがたとの共著の詩集を発表予定」と書かれていた。

●菫外国第4号 特集「二十世紀の乞食王子」
 菫外国第3号に次号のテーマは「二十世紀の乞食王子」という予告が載り、読者に対し「あなたのイメージする、あるいは愛する、 あるいは尊敬する、あるいは理想とする二十世紀的少年」を募集した。
●ダルジェロ・マーブル
 テッチー1988年3月号「二十世紀少年パークの街灯」に
「諸君!いよいよ面白くなる20世紀のドサクサにまぎれて、わたくしの久々の新ユニットを皆様におとどけすることになった。 その名も『ダルジェロ・マーブル』まずは見てのお楽しみ。」
というコメントが載ってました。だけどこの名前では何も活動はしてない...よね?
因みに「二十世紀少年パークの街灯」は「菫礼少年主義宣言」に収録されてますが、コメント部分は削除されています。
●コンサート/1989年5月30日名古屋ハートランド、5月31日大阪ミューズホール(?)
 アジア、中近東旅行からの帰国後一番最初に行われるはずだったコンサート。しかしあがたさんは日本に帰ってこなかったため中止となってしまいました。
因みに予定メンバーは以下の通り。
あがた森魚(vo)、渡辺等(b)、丸尾めぐみ(key)、近藤研二(g)、夏秋冬春(dr)
●コンサート/1989年7月8日「無声映画館VOL.2」(渋谷パルコ劇場)
 「無声映画館VOL.2」というイベントの2日目は池田光夫+ADIによるタンゴコンサートにあがたさんがゲスト出演するはずだった。 しかしやっぱりこの日もまだ帰国しておらず、あがたさん抜きでコンサートは実施された。 Mhr> ●映画「H君とO君の物語」
 1992年頃に企画され、函館でロケハンしたという映画。内容は不明。
●コンサート/1992年7月4日名古屋パルコアストロドーム
 名古屋版プラネッツアーベントとして企画進行中と、同年2月11日のハートランドでのライブ中のMCで話していたが、結局実現はしなかった。
●映画/「八月の少女」
 山中潤(「オートバイ少女」プロデューサー)が監督する映画のプロデュースを依頼された。 それに対し返事もしないうちにガロ誌上にあがた森魚プロデュースとして予告が出てしまった。 結局この映画が制作されることはなかった。
●映画/「弥勒」
 林海象監督の映画「彌勒」パンフレットに「1990年代の終りに、林海象・あがた森魚・荒俣宏で小説「弥勒」の映画化について対談するも、実現に至らず。」という記述がある。
●単行本/「20世紀少年カレンダー」
20世紀少年カレンダー  2000年12月に発売予定として注文書付きのフライヤーが届きました。翌年秋には「佐藤敬子先生はザンコクな人ですけど」と改題して再び予告が届きましたが未だ音沙汰無し。

●劇的レクチャー「少年的自画像映画を撮ろう」
2000年11月の「20世紀パラダイスブックの作り方」、2001年4月の「稲垣足穂の20世紀的少年宇宙を遊ぼう」に続くあがた森魚が講師のカルチャー教室第3弾、「稲垣足穂がくりひろげた少年世界をテキストに、参加者全員で自画像映画の製作を」というコンセプト。しかしながら最低募集定員に満たず中止となってしまった。開催予定は2001年10月17日、10月24日、10月31日、11月7日の全4回。

●銀河鉄道ロシア遠国ツアー in エキゾチック樺太サハリン
 あがた森魚&沼田元氣と一緒にロシアの寝台夜行列車に乗る3泊4日のツアー企画。 旅行代金28,5000円という値段からなのかどうかはしらないけれど、定員に達せず実現しなかった模様。 噂によると、あと2人足りなかったらしいぞ。
期間:2008年8月24日(日)〜27日(水)
行程:8月24日/千歳発〜ユジノ・サハリンスク、25日/スミルヌィフ〜ボロナイスク、26日/ボロナイスク〜スタロドゥブスコエ〜ユジノ・サハリンスク、27日/ユジノ・サハリンスク〜千歳

●2011年9月4日「エル・ラティーノ20周年記念イベント」(京都 円山公園音楽堂)
台風の影響で中止。

●2014年「すぴかたいず」プロモーション・ビデオ
「昭和ミナトマチ3バンチ」PV制作中!あなたも参加しませんか。ライブでお馴染み、新作「すぴかたいず」に収録の「昭和ミナトマチ3バンチ」のPV(プロモーションビデオ)を制作中です。撮影日:2月1日(土)午後1時より(小雨決行) (予備日2月2日(日))
という事で、我らが大先輩アーチーさん主導のもと2014年2月1日に敢行された撮影ですが、未だ公開されたという話を聞いてない。
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