グッズ
未実現企画
カバー曲
人名事典
聖地巡礼
発売枚数
雑誌記事(1)
雑誌記事(2)
雑誌記事(3)
永遠の遠国
ライブレポ
リンク

B−52’s
あがた森魚がヴァージンVSを始めるにあたって見本としたバンド。そう思って初期の曲を聴いてみると、男一人、女二人のボーカル、コードよりもリフレイン中心のギターとキーボード、シンプルなメロディーにラフな演奏と確かによく似てる。


あがた森魚(あがた もりお)
1949年9月北海道留萌市に生まれ、小樽育ち。1972年「赤色エレジー」でメジャーデビュー。


吾潟森雄(あがた もりお)
デビュー当時の雑誌インタビューなんかを読むとあがたさんの本名が「吾潟森雄(我潟森雄というのもあるらしい)」と記載されています。もちろん 「山縣森雄」が正しいんですけど、この誤解が一体何処からきていたのかっていうのが長年の疑問でした。おそらく「乙女の儚夢」のライナーノートに吾潟森雄 と書いていたことから来た誤解じゃないかと思っています。それにしたって自分の著書「ひとりぐらし」まで本名「吾潟森雄」となっているのは、いくら何でも 変じゃないかと思っていたところ夕刊フジのインタビューに次のようなコメントが載っていて疑問解消。

本名は”我潟森雄”となっていた。
「これウソなんだ。あの頃は、結構”本名”もいくつかあって、からかって楽しんでたんだよね」

ああ、わざとだったんですね...。


アストル・ピアソラ
タンゴの作曲家、バンドネオン奏者。1921年3月11日生、1992年7月没。あがた森魚はCD「ピアソラ オリジナルサントラ集」に解説を書いている。


荒俣宏(あらまた ひろし)
作家。翻訳家。「菫外国」への寄稿、「夢見るように眠りたい」の映画パンフ及びビデオで解説を行う。


池田光夫(いけだ みつお)
バンドネオン奏者。「乙女の儚夢」、「バンドネオンの豹」、「バンドネオンの豹と青猫」に参加。


稲垣足穂(いながき たるほ)
1900年生〜1977年没。作家。あがた森魚の心の師。「STAR CRAZY」及び「永遠の遠国」の中の「スターカッスル星の夜の爆発」は稲垣足穂の「星澄む郷」をそのまま引用して曲をつけた物。ヴァージンVSというバンドはそれ自体が稲垣足穂へのオマージュになっている。


伊藤野枝(いとう のえ)
1895年生〜1923年没。雑誌「青鞜」を中心に翻訳、創作、評論といった文筆活動を行い女性解放運動の先駆けとなった人物である。夫はダダイストの辻潤。無政府主義者大杉栄との不倫スキャンダルが当時の新聞を新聞を騒がせた。1923年9月16日関東大震災の混乱に乗じた甘粕大尉等の憲兵隊に大杉栄と共に虐殺される。
LP「乙女の儚夢」のライナーノートを開くとそこに伊藤野枝の写真と共にそのプロフィールが紹介されており、「林静一と緑魔子」(彷書月刊1992年8月号)というエッセイでこのアルバムを伊藤野枝に捧げたものだと書いている。
因に大杉栄との間に生まれた子供の名前は「幸子」と「魔子」といいます。


伊藤与太郎(いとう よたろう)
メトロファルスのボーカリスト。かつてあがた森魚のローディーをやっていた。「バンドネオンの豹」に参加。


浦山秀彦(うらやま ひでひこ)
ギタリスト。熊谷陽子と共に「夢見るように眠りたい」、「永遠の遠国の歌」、「バンドネオンの豹」に参加。


大瀧詠一(おおたき えいいち)
歌手。「僕は天使ぢゃないよ」に参加。あがた森魚は「噫無情」で「はいからはくち」をカバー。


太田蛍一(おおた けいいち)
イラストレーター。


太田裕美(おおた ひろみ)
歌手。フジテレビ「笑っていいとも」であがた森魚を呼んだ。


大貫妙子(おおぬき たえこ)
歌手。「日本少年」、「永遠の遠国」のレコーディングに参加。


岡田徹(おかだ とおる)
ムーンライダーズ(キーボード担当)。「日本少年」、「永遠の遠国」、「日本少年2000系」に参加。提供曲「ウェディングソング」。


橿渕哲郎(かしぶち てつろう)
現ムーンライダーズ、元はちみつぱい(ドラムス担当)。「乙女の儚夢」〜「日本少年」、「永遠の遠国」、「バンドネオンの豹」、「日本少年2000系」に参加。提供曲「リラのホテル」。


春日博文(かすが ひろふみ)
元カルメン・マキ&OZのギタリスト。RCサクセションのロック化に重要な役割を果たしたのは有名な話だが、実はあがた森魚のロック化にもこの人が重要な役割を果たしている。1979年12月、1980年1月のライブに春日博文が参加したのを切っ掛けに、それまでの渡辺勝人脈から、久保田幸生、木村新平、関端ひかるといった後のヴァージンVSメンバーに急激にバックバンドが変わっていった。
「...渡辺勝とか駒沢裕城とか本多信介と活動してた。すごく良い音楽を彼等提供してくれたんだけど、僕の意識の中でクリアーしたい時、引きずられられた事もあったのね。そこに登場したのがハチ(春日博文)なんだよね。ハチは『あがたの歌は、エレジーが7割でその反対が3割だとし たら、そのパーセンテージを逆転させようよ』って提示してくれたの」(1981年初め頃のインタビューより、掲載誌不明)



佳村萠(かむら もえ)
女優。「夢見るように眠りたい」に出演。1989年に「ほとらぴから」名義で熊谷陽子と共にVIVIDからアルバムを1枚出している。


金子飛鳥(かねこ あすか)
元ADIのヴァイオリンプレイヤー。白いエレクトリックヴァイオリンにディストーションをかけて弾く人。「バンドネオンの豹」、「バンドネオンの豹と青猫」、「ミッキーオの伝説」等に参加。87,88年頃の一部ライブに参加。


熊谷陽子(くまがや ようこ)
張紅陽という別名を持つ元ヴァージンVSのサポートメンバー(キーボード担当)。「Virgin VS Virgin」、「夢見るように眠りたい」、「永遠の遠国の歌」、「バンドネオンの豹」に参加。


小林泉美(こばやし いずみ)
キーボードプレイヤー。高中正義のバックバンドやレゲエフィルハーモニックオーケストラのサポート等で活動。イギリスへ渡った後発表したソロアルバムは、以前のラテン色を打ち払いインプロビゼーション中心のすごく聞きづらい作品でがっかりしてすぐ売っちゃいました。「うる星やつら」が始まったときにこの人の名前を見つけたときは驚いたねー。そしたらその後この番組はキティーのロック系のミュージシャンが続々と...川島雄二までやってた。あがた森魚は小林泉美の「TOROPICANA」の「Dancin'n "C"」に参加。


駒沢裕城(こまざわ ひろき)
元はちみつぱいのペダルスティール奏者。「乙女の儚夢」〜「日本少年」、「赤々丸」、「日本少年2000系」に参加。


近藤研二(こんどう けんじ)
ハイポジ、栗コーダーカルテットのギタリスト。89,90年頃のライブメンバー。「ミッキーオの伝説」に参加。昔ハートランドでのライブのあとステージにおいてあった近藤研二の楽譜(五線譜にコードが書いてあるだけ)を見たら、「サブマリン」のギターソロの部分には一言「弾きまくる」と書いてあったのが印象に残ってる...


斎藤ネコ(さいとう ねこ)
バイオリン弾き。「バンドネオンの豹」に参加。


沢すすむ(さわ すすむ)
詩人。あがた森魚の飲み友達。著書「家庭常備薬」、「家計簿」、「詩集・沢すすむ商店」にあがた森魚は序文等を書いている。


塩谷哲(しおのや さとる)
元ADI、元オルケスタ・デ・ラルスのピアニスト。「バンドネオンの豹と青猫」、「ミッキーオの伝説」に参加。87,88年頃の一部ライブに参加。


白井貴子(しらい たかこ)
元学園祭の女王。あがた森魚とはおよそ関係も無さそうなこの人ですが、実は1986年4月15日京都磔磔でのライブにゲスト出演し、「Be My Baby」にコーラスで参加している。この意外な組み合わせは、白井貴子&クレイジー・ボーイズとあがた+ライオンメリイ+SCREENがたまたま同じホ テルに泊まり、その中にSCREENの元ギタリストがいたこと、そしてヴァージンVS時代にあがた森魚と白井貴子がラジオ番組で一緒に出演して面識があっ たとから実現した。


白井良明(しらい りょうめい)
ムーンライダーズのギタリスト。「永遠の遠国」、「バンドネオンの豹」、「イミテーションゴールド」に参加。


鈴木慶一(すずき けいいち)
現ムーンライダーズ、元はちみつぱい。「乙女の儚夢」〜「日本少年」、「永遠の遠国」、「バンドネオンの豹」、「バンドネオンの豹と青猫」、 「羊ヶ丘デパートメントストア」に参加。提供曲「キネマ館に雨が降る」、プロデュース作品「羊ヶ丘デパートメントストア」、「日本少年2000系」。


鈴木惣一郎(すずき そういちろう)
World Standard、Everything Play主宰者。1982年12月14日に放送されたNHK−FM「サウンドストリート」でWorld Standardのデモテープが紹介されたとき、坂本龍一に「例の¥ENレーベルなんかに行けばレコードだしてくれるんじゃないか」と嫌みっぽく 評されてたら、本当に細野晴臣主催のNon Standardから1985年にデビューした人。同時期に坂本龍一のSchoolレーベルからも誘われてたらしいが、細野さんの方を選んだとの事。あがたさんとは1984,1985年頃に既に出会っている模様。あがたさん企画の幻の映画「不思議の国のルシンダ」に彼らの曲を使う予定だったとの事。プロ デュース作品「少年歳時記」、「オートバイ少女」、「第七東映アワー」。「24時の惑星」、「失われたボールをもとめて」、「日本少年2000系」にも参 加。95,96年頃のライブメンバー(ドラムス担当)。


鈴木博文(すずき ひろふみ)
ムーンライダーズのベーシスト。提供曲「大寒町」。


関端ひかる(せきはた ひかる)
元ヴァージンVSのコーラス隊のお姉さん。遠藤賢司の奥さん。ヴァージンVSの他、「永遠の遠国」、「赤々丸」、「バンドネオンの豹」、「ミッキーオの伝説」に参加。この人との出合いがヴァージンVS結成に繋がったらしい。この辺のことをあがたさんが何処かで書いてくれるのを期待して早10年以 上、「CHART」が後2号ぐらい続いてたら良かったのに。


高橋克彦(たかはし かつひこ)
作家。小説版「バンドネオンの豹」の作者。これは昔の少年冒険小説を目指しているが、あがた森魚の思惑とは少々違ったみたいで、確か何処でか忘れ たけどそんな発言もあったはず。多分あがたさんのイメージに一番近いのは「バンドネオンの豹と青猫」のB面や、「第七東映アワー」の「第七東映社史」に書 かれている「バンドネオンの豹に告げよ!!」ではないでしょうか。二重、三重の入れ子構造になった中井英夫や竹本健治が書くようなメタファンタジーで、尚 且つ佐藤春夫や龍端寺雄の書くような明治、大正の風俗描写を少々コミカルにした感じをイメージしていたんじゃないかな。


高浪慶太郎(たかなみ けいたろう)
元ピッチカートV。長谷川智樹と共にWINK SERVICE名義で「バンドネオンの豹」、「バンドネオンの豹と青猫」、高浪慶太郎名義で「イミテーションゴールド」、「24時の惑星」に参加。


武川雅寛(たけかわ まさひろ)
現ムーンライダーズ、元はちみつぱい、元雷蔵(ヴァイオリン、トランペット他)。この人のヴァイオリンが初期のあがた森魚のレトロなイメージを強固にしていたことは間違いない。雷蔵の他に「乙女の儚夢」〜「日本少年」、「永遠の遠国」、「日本少年2000系」に参加。


辻潤(つじ じゅん)
作家。1884年生、1944年没。
「日本少年」に収録されている「函館ハーバーセンチメント」を初めて聴いた時、「辻潤の謳うふもれすくに、死んだ詩人の寂しさ偲い」という歌詞から辻○潤×というフォークシンガーでもいるのかって思ってしまった私です。
「ふもれすく」というのは辻潤が1924年に書いたエッセイで、その前年に妻の伊藤野枝及びその不倫相手である大杉栄について書かれている。
「明石から」の朗読中にも辻潤の名を聞くことが出来ます。


永瀬正敏(ながせ まさとし)
俳優。映画「オートバイ少女」、アニメビデオ「街角のメルヘン」に出演。あがた森魚は永瀬正敏の「CONEY ISLAND JELLYFISH」に参加。


中西俊博(なかにし としひろ)
バイオリン弾き。「バンドネオンの豹」に参加。


夏秋冬春(なつあき ふゆはる)
ドラマー。89,90年頃のライブメンバー。このふざけた名前は確かあがた森魚の命名。本名は夏秋文尚さん。


西村博(にしむら ひろし)
「ヒロシ君のロンリー・ローラー」とヴァージンVSの曲にその名を残す。
鈴木慶一の「バックステージパス」のモデル。
あがた森魚に「ロックやろうぜ」と言った人。
また「オートバイ少女」の助監督補でもある。
あがた森魚が「表現上の伴侶」と呼ぶ、ラ・サール高校時代からの大親友。
「野間」名義で「神様なんているのかい」「漆黒の雨」(「蓄音盤」所収)の作詞をしている。
1969年11月26日「70年フォーク・コンテスト」で「神様なんているのかい」を歌ったその帰り道、「これでも見に行こうか」とヒロシ君が誘ったのが早川義夫が出演していたコンサート「ロックはバリケードを目指す」だった。


ノヴァーリス
1772年生〜1801年没。ドイツ・ロマン派の詩人。「青い花」(岩波文庫 訳:青山隆夫)は未完の代表作。


長谷川智樹(はせがわ ともき)
アレンジャー。高浪慶太郎と共にWINK SERVICE名義で「バンドネオンの豹」、「バンドネオンの豹と青猫」、長谷川智樹名義で「赤々丸」、「ミッキーオの伝説」、「イミテーションゴールド」、「佐藤敬子先生はザンコクな人ですけど」に参加。


長谷川守正(はせがわ もりまさ)
「薔薇瑠璃学園」(「乙女の儚夢」所収)の作詞家。ラサール高校時代のあがたさんの友人。


畑山林蔵(はたけやま りんぞう)
ヴァージンVS「乗物デラックス」及び「ピロスマニア海へ行く」のライナーノートに楽曲解説を書いた謎の関係者。いや、恥ずかしい事にワタクシ、「ピロスマニア」のライナーノートを読んでやっとこの人が何物か理解したという情けなさ。この文体ですぐ判りそうなもんなのにねえ。てなわけでライオン・メリィさんの変名。


はちみつぱい
ムーンライダーズの前身バンド。鈴木慶一とあがた森魚の作ったバンドが母体となって出来上がった。


藤田詩織(ふじたしおり)
歌手。映画「うる星やつらオンリーユー」の挿入歌を歌ったのが有名。NHK「みんなのうた」で「メゲメゲ・ルンバ」という曲を歌ったりしてます。 凄まじく素頓狂な声が特徴。ヴァージンVSのファーストアルバムでコーラス、「星空サイクリング」ではボーカルでゲスト参加。1984年のプラネッツアー ベントにもコーラスで参加。


森昌子のお母さん(もりまさこのおかあさん)

「『赤色エレジー』でやたらめったらTV番組に出まくっていたころ、森昌子のお母さんは付きっきりで、僕と顔を合わせると、わざわざ近寄ってきて耳打ちするように『うちの昌子は今日もあがたさんとご一緒できると言って大喜びでしたのよ」という」(「アイドルぐりぐり大事典」より)



八洲秀章(やしまひであき)
作曲家。
「赤色エレジー」は八洲秀章の作曲となっているが、実際にはあがた森魚に曲を提供したわけではない。これは「赤色エレジー」のメロディーが八洲秀章が作曲した昭和25年のヒット曲「あざみの歌」にそっくりなため盗作と言われるのを避けるためキングレコード側が作曲:八洲秀章ということにしたらしい。
因みにあがたさん自身はこの事に関して「僕はむしろ『荒城の月』に似てると思うの」(週刊平凡1972.7.20)なんてとぼけたコメントをしてたりします。


雪山ブラザーズ(ゆきやまぶらざーず)
あがたさんの変名ユニット。
メンバーは雪山走郎(vo)=あがた森魚、雪山光郎(key)=ことぶき光、雪山カズヒデ(b)=秋元一秀、雪山ハッチャキ(dr)=ハッチャキ、雪山マチャアキ(g)=(多分)飯塚昌明
秋本一秀さんは秋元きつねという名前で活動しているウゴウゴ・ルーガなんかを手がけたCGクリエイター。ハッチャキはメリィさんも参加してたプノンペンモデルのドラマー。ことぶき、秋元、ハッチャキの3人はP-MODEL人脈ですね。
マチャアキは飯塚昌明さんで、間違いないよねえ。雷蔵のライブでもマチャアキって呼ばれてたし。
inserted by FC2 system