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前田重治「低徊派」(九州大学出版会 ¥2,500 1992.1.20)


エッセイ「流行歌の話」「歌謡曲ベストテン」の中であがた森魚について語られている。
 その第一としては何といっても、あがた森魚の自作自演「乙女の儚夢」のアルバムから、その表題曲を取りたい。この曲は、むかしから好きだった「赤色エレジー」と同じく、大正ロマンーセンチメンタル系列のものである。やや震え気味の、いかにも頼りない感じの素人ぽい声で、ときには啜り泣くように、ときには溜め息まじりに歌ってゆく。はじめはスローに静かに吟じながら、やがてしだいに盛り上がってくる流れがいい。彼の歌には物語がある。その終り近くで、「アコーディオン鳴りわたり/物語り泣く/宵の辻よ」と謳い上げるくだりなど、最高に気に入っている。
 大正という時代を身をもって知っているわけではないが、そのイメージとして、貧しい廓街の女の子、狭くて汚い路地裏、黒っぽい板塀、足元のドブ板など、そういった界隈の夕暮れの辻の情景が目に見えてくる。彼のものにはーーーとくに初期のものの多くにはーーーヴァイオリンの旋律が効果的に使われていて、古めかしい物悲しさが心に染みてくる。
 彼のCDはほとんど集めているので付け加えておくが、彼はその後、大正ロマン調のノスタルジックな世界から脱皮している。そして「日本少年」、「君のこと好きなんだ」などを経て、「バンドネオンの豹と青猫」という画期的で奇想天外なアルバムを創り出している。「バンドネオン...」を初めて聴いた時など、その天才的ともいえる破天荒な世界に驚かされたものだった。そのこにはもう、センチで泣き虫のあがた少年はいなくて、音で描かれたシャガールーーーあるいはミローーーといった感じの、シュールで透明な感じの世界を展開してきている。しかし私にはやはり、初期の「永遠のマドンナK」とか、「キネマ館に雨が降る」などの古びた情緒が耳にあう。
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