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誌名内容
ヤング・ギター1974年1月号(シンコーミュージック ¥350)・斉藤哲夫インタビュー
・はちみつぱいインタビュー
ヤング・ギター 1974年5月号(シンコーミュージック ¥350)特集 あがた森魚の「噫無情」
・松本隆インタビュー「『夢屋』大開業。特売第3弾「噫無情」松本隆に聞く」と収録曲の中から7曲の歌詞とコードが掲載、3曲のコード譜が掲載されている。
ライトミュージック 1975年5月号(ヤマハ音楽振興会 ¥400)「ロック談義」加藤和彦・細野晴臣VS小倉エージ
対談中、ロックをビジネスとして成り立たせるためにはという話題の中で加藤和彦が「そんな意味で、あがた森魚がナベプロに入ったというのを、すごく興味深くみていたんだ。でも今のところ Nothing Happen だけど、ある種の実験という感じで見ていたいね。」と話をしている。
だぶだぼNo.33(1975.7.20 スピン ¥300)加藤登紀子インタビューのなかで一緒にステージに立ってみたい人物として鶴田浩二と共にあがた森魚の名前をあげている。
詩の世界 No.12(詩の世界社 ¥980 1978.12)鈴木慶一インタビュー
あがた森魚とであった頃についての話し等(特集「日本の若いミュージシャンたち」)
季刊ミュージック・ステディNo.3(ステディ出版1982.4.20)前島洋児の風都市についてのコメントの中で「...それまでは会社じゃなかったんです。はっぴいえんど、はちみつぱい、乱魔堂、小坂忠、あがた森魚なんかが集まってガチャガチャやってたわけです。で、あがた森魚を売る為に、その態勢を作らなくちゃいけないというので、会社になったんですよ」と語っている。
定本はっぴいえんど(SFC音楽出版 ¥1900 1986.12.15)鈴木慶一インタビュー
はっぴいえんどのメンバーに出会ったきっかけとして、あがた森魚との出会い、そして一緒に細野晴臣の家に行った事等を話している。
AV達人王第8号(1988年 フリーペーパー)FUJI AV LIVE(1988.2.26)について
・伊島薫にインタビュー
テッチー 1988年5月号(音楽之友社 ¥550)「幻のバンド列伝/第7回ヴァージンVSの巻」(篠原章)
鈴木慶一「火の玉ボーイとコモンマン」(新宿書房 ¥1990 1989年10月1日)対談集。鈴木博文との対談などを中心にあがた森魚の話を読むことが出来る。
週刊宝石1989年12月14日号(光文社 ¥240)「ザ・日本の歌 あがた森魚『赤色エレジー』」
この曲についての思い出を林静一等4人がコメント。
NOISE No.9(ミュージック・マガジン ¥1000 1991年3月31日)「あがたとOTOの強烈な発情」(海老原正彦、「雷蔵参上」レビュー」)
インタビュー「OTOのワールド・ミュージック宣言」(田中勝則)
月刊プレイヤー 1992年3月号(プレイヤーコーポレーション ¥500)駒沢裕城インタビューにて「あがた森魚の歌には触発された」と発言。
キーボード・スペシャル 1992年5月号(立東社)池田光夫インタビュー「池田光夫さんに学ぶバンドネオンの基礎知識」
花形文化通信 1992年8月号(繁盛花形本舗)ライオン・メリィへのインタビュー「サンチョ・パンサのフェアリー」
ガロ1993年12月号(青林堂 ¥550)特集「日本のインディーズ映画」
・「イメージフォーラム・フェスティバル・ディレクター中島崇氏に聞く70年代以降の私的日本映像史」にてあがた森魚の短編映画「夕紅の巡礼」について言及、「オートバイ少女」スタッフ及び鈴木翁二、石堂夏央(この時点では芸名はなく、本名の阿部秀子名義)へのインタビュー。
キネマ旬報 No.1139 1994年8月15日号(キネマ旬報社 ¥850)石堂夏央インタビュー「脚本をキチンと読めるようになってどんどん映画に出てみたい」
「函館山ロープウェイ映画祭」パンフレット対談「あがた組ハコダテスタッフ奮闘記〜あの時君は場花だった」(村岡武司、米田哲平、太田誠一、西村博)
高野寛編著「土曜ソリトンサイドBリターンズ」(アスペクト 1996年7月 ¥1400)1995年頃に放送されたNHK教育「土曜ソリトンサイドB」で、ゲストとの対談を本にまとめたもの。あがた森魚が出演した第3回は収録されていないが、巻末の高野寛と緒川たまきとの対談「よみがえる波」の中で話題にしている。
タンゴ...世紀を越えて(音楽之友社 ¥2000 1999.4.10)元シエテ・デ・オロの斎藤充正によるセサール・オルギンへのインタビュー。自身の経歴やADOKINでのあがた森魚との共演について等。
胡散無産vol.8(胡散無産社 ¥600 2000.1.15)シリーズ【志は、なおも】はじまり始まる<喫茶「ディラン」編>
インタビューの中で「あがた森魚さんが家に泊まりにきたことがあって...」という話が出てくる。
「鈴木慶一&キタキマユのグレイトフル・カフェ」(ミュージック・マガジン ¥1500 2001.11.10)松本隆、細野晴臣、早川義夫、カジヒデキの対談であがた森魚についての言及あり。
レコード・コレクターズ2002年11月号(ミュージック・マガジン ¥600)「Jacket Designs In Japan  第19回 羽良多平吉〜内容を表出するイメージ」
羽良多平吉へのインタビューで「噫無情」について言及あり。
ミュージック・マガジン2003年4月号ジム・オルークへのインタビューで「日本の70年代も大発見があるよね。日本のものだけで、向こう何年か追求していこうと思っている。あがた森魚や加藤和彦を聞いていた方がいいよ」との発言及び「あがた森魚の『乗物図鑑』をカンザスの何も知らないコレクターから10ドルで買っただのとマニア心爆発の話へ強引に脱線し...」という記述がある。
pause vol.123(新星堂 free paper)「ノマド・ソウル」発売に伴う、元ちとせへのインタビュー。「百合コレクション」についても言及。
ユリイカ2005年5月号(青土社 ¥1300)特集「ムーンライダーズ」(鈴木慶一インタビュー「Kの受難」、アンケート「ライダーズのこの曲が好き、または嫌い」)にてあがた森魚について触れている。
朝日新聞(関東版)2005年7月15日夕刊竹熊健太郎「大好きだった 第3回:16歳で出会った音楽『乙女の儚夢』」
ミュージック・マガジン2006年6月号(¥700)特集「ムーンライダーズの30年」
LIFEwork vol.1(アートコミュニケーション ¥680 2006.9.10 ) 「大島尚文〜考古学的レコード研究家 「レコード下宿」から羽ばたく「ネットワーク博物館」への夢」
「噫無情」「日本少年」のジャケットについて言及
ミュージック・マガジン 増刊「ムーンライダーズの30年」(ミュージック・マガジン 2006.12.1 ¥2000)インタビュー
鈴木慶一&和田博巳「はちみつぱい〜鈴木慶一+和田博巳に聞く"伝説"の真実」
大瀧詠一「彼らには未来があるんだよ。オレには見えてるんだ。」
鈴木博文「やっぱり欲張りだから、ムーンライダーズがあってこぞの鈴木博文という意識が常にある」
AERA増刊 ROCK HARD!(朝日新聞社 2006.12.10 ¥880)インタビュー
鈴木慶一「日本ロック列伝〜長老鈴木慶一がひもとく日本ロックの産まれた瞬間〜」
ミュージック・マガジン2007年8月号(¥700)小西康陽インタビュー「小西康陽 渋谷系を語る」にて「はっぴいえんどのレコード、細野(晴臣)さんの、大瀧さんのソロ、あがた森魚さんの最初の2枚のレコード、シュガー・ベイブのレコードあたりが僕にとっては一番大きかったから。」と発言。
別冊カドカワ No.250(2007.9.5 ¥1100)「探求 MY ROOTS of MUSIC」にて影響を受けたミュージシャンの1人としてあがた森魚について語られている。(総力特集「吉井和哉」)
定年時代(埼玉版)2011年2月号(定年時代編集室 無料(朝日新聞折込))「あがた森魚と川口をうたう」の主宰者へのインタビュー「身近に音楽を」
朝日新聞 2011年5月9日夕刊(東京版)「『1974』追憶の演奏会 矢野誠が企画」(2011/5/14〜15キラリ☆ふじみ「1974」コンサートについての記事)
週刊文春2012年3月22日号(文藝春秋 ¥380/¥362)鈴木慶一インタビュー「新家の履歴書」
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